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〔世界のおっぱいから〕韓国出産/母乳育児レポート#1
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授乳と社会の歴史

ファッションショーには、育児雑誌の記者の方もいらして
公共の場所での授乳をテーマに取材をして行かれました。

その中でちょっとお話ししたのが、授乳の歴史。
簡単にご紹介してみたいと思います。

そもそも、昔の日本では、胸を出すのは恥ずかしいことではありませんでした。
江戸の浮世絵でも、胸はごく普通に描かれているし、
明治時代に来日した外国人は、混浴や、上半身裸で仕事する女性に驚いたようです。

つまり、この頃は、当然のようにおっぱいは社会と共にあったのでしょう。
昭和20年代には、電車の中での授乳もよくみられる風景でした。
ところが、状況が変わってきたのは、1960?1970年代。

もともと、母乳で育てることができない子を救うための商品だった粉ミルクが
この頃から、「母乳が出る人にも」粉ミルク、という風に変わってくるのです。

私自身も粉ミルクで育った世代。
1960?70年代の子育ては、粉ミルクの方が母乳より優れているとされ、
乳業会社でも病院でも、粉ミルクを推進しました。
(これが大きな問題となった事件はまたいつか書きます)

そのため、昭和30年に70%近かった母乳率は、
昭和40年には30%ほどまで落ち込んでしまったそうです。

さらに拍車をかけるのが、高度経済成長の時代。
政策として、女性は家庭、男性は会社、という分業が推進されました。
核家族化もあいまって、育児はだんだんと
家の中で行われるものになっていくのです。

おそらく、この時代、この二つの要因が、
おっぱいを社会と切り離してしまったのではないでしょうか。

そして今、母乳で育てたい、という人はふたたび増え、
医療の現場でもそれを支援しようという動きが活発になってきています。
また、授乳室や授乳服など、
育児中の女性が外に出ることをサポートする体制も徐々に整ってきました。

切り離された育児と社会が、
ふたたびつながれる時代になろうとしている、今はその過渡期なのでしょう。
 
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